プールで飛び込み禁止?

またも、教育界が事勿主義の弊害を露呈しましたね。
福島県のとある高校で生徒がプールに飛び込み、頭を打って死亡する事件が起きたことから、県教委はなんと、県立学校のプールでスタート台から飛び込む行為を全面禁止にしたそうです。水泳部員も全てです。あきらかにやりすぎです。「やっぱりパンがもったいない」でも書きましたが、この度を超した事勿主義は、彼らが保身に汲々とするあまり如何に生徒のことを忘れているかの証左です。 まぁ、飛び込み禁止は事件の真相が解明されるまでの暫定的な措置だそうで、これが恒久化されることはないようですが、それにしても訓練を受けた水泳部員まで一律に禁止とは異常です。こんな非常識なことを言い出した教委の理事の顔が見てみたいものです。

さらに言うならば、大分県の教員採用に係る不正事件とも考え合わせて、「教育委員会の民主化」が必要な時期なのかもしれませんね。民主化といっても自称民主主義者なだけのサヨクを教育委員長にしろということではありません。有権者が投票で罷免できるように、ということです。

言うまでもなく、教育は我々の未来に関わる一大事です。そして、その教育に於いて指導的役割を果たすべき教育委員長が、なんら民主的基盤を持たずして(それぞれの自治体の議会の承認は経ているようですが)、委員の互選によってなんとなく決まる、そして、大分県のように警察沙汰にでもならない限りやめさせることが出来ない、というのは何とも変です。

福島県の水泳部員諸君が心置きなく練習に励むことが出来るようになることを希望します。

 

端居して父祖の育てし庭眺む

水に落ちた犬と毎日新聞は叩くべし

ネットで注目を集めている割にはリアルワールドではあまり話題になっていないことの一つに、毎日新聞の変態記事問題があります。変態記事って何? 隠語? と思われるかもしれませんが、れっきとした事実なのです。本当に変態なのです。どんなふうに変態かをここでご紹介するのが筋なのでしょうが、あまりにも変態的、変質的でおぞましいので書きたくありません……。詳細は毎日新聞の英語版サイトがひどすぎる まとめ@wikiを御覧ください。

問題の記事一覧には信じられないような下劣な見出しが続いています。
単に下劣であるだけでなく、日本人への偏見に満ちています。これは、奇を衒う内にエスカレートしたなどといったものではありません。明白に、悪意に基づいています。これらを書いたライアン・コネルなる人物が、最悪の部類の人種差別主義者であることは疑いようもありません。

ただ、コネルとやらの弁解によると、これらは全て日本の雑誌に載っていた記事を翻訳したに過ぎず、自分には責任はないといいます。そう言われると、「日本の雑誌が変態的だからいけないのかな?」と、騙されそうになってしまいますが、よく考えてみてください。どこの国にも下らないエロ雑誌が多少はあるものです。むしろ、そういう雑誌が無い国の方が怖い。しかし、そういうカストリ雑誌に載るのと、権威ある全国紙に載るのとでは全く意味が違います。後者の方が遙かに社会的影響力が強いのです。現に、海外にはこの記事が真実だと信じる者が大勢いるとのことです。たまに、「いくらなんでもこんなことはないだろう」という意見が出ても、「有名なマイニチの記事だから真実に違いない」と、一蹴されるそうです。本当に酷い話です。

今日(2008/07/20)、毎日新聞は、ようやく変態記事が載ってしまった経緯を報告し、関係者を処分するとともに、読者に謝罪しました。人の良い方々は、「今後は毎日もまともになるだろう、謝っているようだし、これ以上追及することもあるまい」と思われるでしょう。しかし、私は、それは甘いのではないかと思っています。件の「おわび」を仔細に読むと、結局の所、悪かったのは問題の記者(コネル某)とそれを見過ごしていたチェック体制であり、当の自分らは悪くない、と言っているに等しいからです。

魯迅は「水に落ちた犬は叩くべし」と言いました。頗る動物愛護精神に欠ける表現ですが、魯迅が言っているのは犬は犬でも「権力の犬」です。水に落ちた犬(飼い主が失脚した犬)は、一見弱っていて同情を引くけれども、なんのことはない、すぐにブルブルッと水をふるってまた人を噛むに違いないのです。マスコミが第四の権力と言われるようになって久しく、その走狗に噛み殺された人も実に多い。今回は「日本人は変態」というデマを広めることによって日本国民全部を噛み殺そうとしていたのです。

今のところ毎日は自らの非をしぶしぶ認めたようですが、「水に落ちたのは運が悪かった」程度にしか思っていないかもしれません。
少なくとも、「チェック体制に問題があった」などと言っているうちは真摯な反省とは程遠いと言わざるを得ません。
単なるチェック体制の問題ではなく、社内の(全部とは言わないまでも)一部に、なんとかして日本を貶めたいという勢力がある。それが7年の長きにわたって変態記事が掲載され続けた理由です。彼らが自らそこにメスを入れるまでは、私たちは、毎日新聞に対して疑いの目を持ち続けなければならないでしょう。
(と言って、新たに毎日を購読して監視する必要はありません。むしろ、今購読なさっている方は解約しましょう。それが彼らにとって一番の薬です)

井山七段挑戦権獲得

囲碁の井山裕太七段が名人戦の挑戦者となったそうです。
確か入段されたとき、張栩九段(当時)との記念対局が行われたのをおぼろげながら覚えています。井山初段(当時)がコミ無しの先で打っていたかと思います。

追記:
記憶違いだったようです。今思い出したのですが、確か逆コミ五目半でした。やはり、プロに成り立てとトッププロとではそれだけの差があるということでしょうか。

結果は張九段の勝ちでしたが、井山初段は奇想天外な作戦で果敢に戦い、一時はあわやというところまで行きました。

普通、碁というものは、特に強い人同士となると先の先まで読んで実に微妙な戦いをしているので、素人には何をやっているのかよく分からないことが多いです。
ところが、プロは、魅せる碁と言いますか、見ている者を驚かす奇想天外な手を時として打つのですね。繊細微妙というよりは豪快な手を。お金を取って人に碁を見せるのが仕事である以上、ただ強いだけではなく、そういう才能が必要なようなのです。プロ野球で、バントばかりして勝っても観客を楽しませることが出来ないのと似ています。

井山初段もそういう意味で年は若いけど(たしか当時13歳でしたか)プロだなぁと感嘆しながら見ました。

さて、比べるのもおこがましいですが、私は20代の初めから34のこの歳まで割と碁に熱中してきたのですが、まったく強くなりません。(近所の碁会所では二段で打っています。アマ二段というのはほんの初心者のレベルです)

いやもう、本当に比べるような次元じゃないのですが。
考えてみると、人生、86歳くらいまで生きるとしてもたかだか3万日しかないのです。私の場合、もうそのうち1万2千日は過ぎてしまいました……。
何かの道で上達するというのは実に難しいこと、そして、そのための時間はあまりにも短いことを痛感します。

井山七段はまだ19歳。あの歳でタイトル戦という高みに登ったことは驚嘆に値します。おそらく、我々には想像もつかないほどの「濃い」人生を生きておられるのだと思います。

井山七段はつい先日(11日)八段に昇段されたそうです。私は井山裕太八段を応援しています。

 

遠雷を夢うつつに聞く夜更け哉

firefoxを食わず嫌いしている方へ

先日、「私もfirefoxの信者になってしまいそう」と書きましたが、よく考えてみるともうとっくの昔から信者だった気がします(笑)
今日は、先日の記事を書きながらちょっと頭をよぎったことを改めて書きます。

時にfirefoxは使いにくい、ダメなブラウザだ、という人を見かけますが、そのように思われてしまうのには二つ理由があると思うのです。

第1点。初回の起動がIEに比べて遅いこと。これは仕方ありません。IEのレンダリングエンジンはOSのコンポーネントとして組み込まれているので、OSが立ち上がったときにはIEもあらかた立ち上がっていると見て良いわけです。言わば、フライングです。Operaにしろ、Safariにしろ、初回の起動だけはどうしてもIEよりは遅いです。
ただ、フライングだのなんだの言ってみたところで、ユーザーからすれば速いに越したことはないわけで、この点だけは確かにIEに負けていると言えるのかも知れません。しかし、遅いのは初回の起動だけで、それ以降は十分速いです。特にPCの性能が上がった昨今においては殆ど問題とならないはずです。

第2点。描画がなんか変。特に、firefox1.5まではbody(本文)をserif(髭つき書体。明朝体など)で描画していたので、違和感を持った人が多くいました。UIもWindows標準のUIゴシックではなく、Pゴシックだったので、これも何となく垢抜けない感じでした。
こういった第一印象は案外評価に直結するもので、firefox=ダメと断言する人に限って、この当時の印象でものを言っていることが多いようです。
しかし、これらは当時から設定で簡単に変えられた上に、現在のバージョン(3.0)では悉く解消されています。そもそも、bodyをsans serif(髭無し書体。ゴシック体など)で描画するのはIEがたまたまそうなだけで、他のブラウザもそうあるべきだと感じるのは錯覚というものです。

上記2点が重大であるか些細であるかは議論の分かれるところでしょうが、ともかく、描画自体の速度、即ちレンダリングスピードはfirefoxの方がIEより遙かに上であることは間違いありません。web標準に対する準拠の度合いも遙かに上です。
もし、「ああ、firefoxを食わず嫌いしてたかもなぁ」とお思いの方がいらっしゃいましたら、騙されたと思って使ってみて下さい。

まぁ、ぶっちゃけ、アドオンを入れたり外したりと、手になじむようになるまでには各種設定で結構手間がかかるんですけどね。って、ぶっちゃけすぎでしょうか(汗)

firefox3.0正式版出ましたね

firefox3.0正式版出ましたね。
この手のアプリには言葉は悪いですが「信者」と呼ばれるような人がたくさん居て、「物凄く速くなった!」などと針小棒大に言って回るものですが、ことこのfirefox3.0に関しては本当に速いので驚きました。私も信者になってしまいそうです。

速いブラウザに関心が集まる一つの理由としては、今までは回線が細い人が多かったので、レンダリング速度よりは通信速度の方が重要なファクターだったのが、ブロードバンドの普及によって、前者に比重が移ったことが挙げられるのでしょう。

ただ、愛用の拡張が引き続き使えるのかどうか調べたり、もし使えなければ代替策を考えたりするのが億劫で、アップグレードをためらっている方も多いと思います。
私の場合も、いくつかの拡張が3.0に対応していないということでアドオンマネージャにはねられてしまったのですが、なんとか代わりを見つけたので、ここにメモっておきます。

tab mix plus
http://tmp.garyr.net/dev-builds/の0.3.6.1系が使える。ただし、開発版なので、注意。すぐにリリース版が出ると思う。
drag de go
同じsuper drag and goを源流とするquick dragが使える。ただし、ドラッグの方向により挙動を変えるといった機能はない。初期のsuper drag and goで十分だった、という人向け。
Web Developer
英語版の最新版が使える。英語で十分。

 3.0で拡張の仕様もかなり変更されたようで、単にmax versionをいじれば動く、というものではないようです。詳しく検証していませんが、例えばtab mix plus0.3.5.2(古いバージョン)を、extensions.checkCompatibility及びextensions.checkUpdateSecurityをfalseにして無理やりインストールしても機能しません。

やっぱりパンがもったいない

聞くところによると、最近小中学校では、給食のパンを持って帰らないように指導しているのだそうです。
廃棄してしまうのはもったいないではないか、という苦情が数件あったというニュースに対して、2ちゃんねるでは「もったいないなどというのは貧乏人の価値観」、「どうせ、傷んだパンで腹をこわしたら学校を訴えるんだろ」という意見が散見されます。本当にびっくりです。まあ、「事勿れ主義もたいがいにせい」というごく普通の意見も多いですけどね。

そう、事勿れ主義が最大の問題なのです。確かに、給食のパンは防腐剤を使っていないので腐りやすいのかもしれない。子供のすることだから、日の当たるところに放置したりするかもしれない。食べてしまえば、パンがどういう状態だったかは分からなくなってしまうので、「学校のパンで腹をこわした」と訴えられると反論の材料がない。それならば、持ち帰り一切禁止、全部廃棄してしまえ、ということなのでしょう。

しかし、防腐剤など入っていなくても、パンが半日くらいは持つのは常識です。もちろん、季節によっても違うし、個体差もあるでしょう。が、そういうことも含めて、「このパンは食べられるかな? 悪くなってないかな?」と判断するのは、あくまで食べる人です。古くなったパンを食べてお腹をこわそうが、運悪く死のうが、その人の自己責任。そんな当たり前のことが通用しない世の中なのでしょうか。

実は、余った給食のパン全廃棄は何と97年からずっと続いているそうです。冒頭の2ちゃんねるの人も、こういった事勿れ主義で真剣に教育する気がない連中のせいで、吝嗇と倹約の区別さえ教わらずに育った被害者なのでしょう。

もちろん、この程度の無駄は社会全体では微々たるものです。野菜がとれすぎて潰したりだとか、スーパーやコンビニで賞味期限切れの食品が大量に廃棄されたりなど、たしかに世の中もっともったいないことはたくさんあります。しかし、教育の場で、給食時間を過ぎたら全部捨てさせる、というのはあまりに非教育的です。

一事が万事と言います。保身のためにパンを全廃棄させるような場では、おそらく、他のいかなる事に対してもまず自分の身が第一、生徒のことは二の次、三の次なのでしょう。教員の方々は、自分の退職金の心配も結構ですが、少しは生徒のことも考えて欲しいものです。

そうめんは古いものほどおいしいが

またもや食品不祥事です。奈良県桜井市の森井食品がそうめんの賞味期限改竄とのこと。中元商戦を前に、業界では風評被害が懸念されているそうです。
解せないのが社長のコメント。

「そうめんは古ければ古いほどおいしいという世界で育ってきた。しかし、昨今の食をめぐる不祥事を考えると、業界の常識は通じなかった」。

全く以てなぜ責められているのか理解していないようです。消費者は”嘘”に対して怒っているのです。そうめんが古かったから怒っているわけではないのです。
そもそも、そうめんは古い方がおいしいというのは常識であって、わざわざ食品会社の社長から講釈してもらうほどのことではありません。仮に、このことがあまり世間で知られていない、従って古いそうめんが売れない、と感じているのならば、周知徹底に努力すれば良いだけのことであって、賞味期限の改竄などに手を染める理由にはなりません。

この種の問題に対して、「賞味期限切れの製品が大量に廃棄されるのはもったいない、だから、ちょっとの改竄にまで目くじらを立てないほうが良い」などと見当違いのことを言う人がいます。
確かに、そうめんはともかく、一般に食品は古ければ古いほど価値が下がります。だから、昨日作ったものを今日作ったと偽ればその価値の差額を騙し取ることができる。これが、偽装の端的な動機です。その方が儲かるからやっているだけのことです。それを「もったいないから」という別の道徳を持ってきて正当化しようとするのは欺瞞に他なりません。

件の社長の言は、泥棒が「貨幣経済の矛盾を是正するために、お金を払わずに商品を取ったのだ」と言い訳するくらい滑稽なものです。
あるいは、泥棒がたまたま○○人であった場合に、「○○人に対する差別が原因」などと言い訳するのにも似ていますね。
それに対しては「○○人差別は確かに由々しき問題だが、あなたは泥棒したんだから、そのことを真摯に反省しなさい」としか言いようがありません。

現代日本で、大量の食品が廃棄されているのは確かに由々しき問題ですが、賞味期限改竄がその解決策であるとしたら、あまりにお粗末な話です。

とはいえ、むやみに新しいものをほしがる私たち消費者にも問題はありますね。スーパーマーケットでも、棚の前の方は古いものが置いてあるから敢えて奥から取る、などといったことを皆当然のようにやっています。同じ値段ならちょっとでも新しい方がいいですもんね。
これは素人考えなのですが、古くなるに従って安くする、という当たり前のことをもっと徹底してやると良いのではないでしょうか。賞味期限を現在よりも長めに設定し、古くなればなるほど安くなっていって、期限ぎりぎりともなると9割引くらいになる。痛んでいるかもしれないけれども、買った人の自己責任。表示が正しい限り、文句は言わせない。どうでしょう。

ああ、この制度だと我が家は古いものばかり食べることになりそうです(汗)

録画補償金ってどないやねん

デジタル放送の録画に関して、著作権団体と器機メーカーとの駆け引きが続いています。現状のコピーワンスがあまりにも使い勝手が悪い、ムーブに失敗してしまうと文字通り元も子もなくなってしまう、と言う点では認識は共通していて、EPNという特定の受信機に限って再生可能な方式でいくのか、それとも所謂ダビング10を導入するのか、その場合録画補償金はどうするのか、といったことが焦点となっています。
世代管理のできないEPNは権利者側の大反対で見込み薄とのことで、ダビング10が導入される公算が大となっていますが、この方式、確かに10枚もコピーできれば十分のようにも思えるものの、孫コピーは一切できないという点でユーザーとしてはなんとも気持ち悪い代物です。加えて権利者団体はダビング10のもとでも録画補償金制度が維持されることを当然の前提としており、同制度の縮小ないし中止を求めるメーカー各社とは真っ向から対立しています。

私たち消費者としては、孫コピーできるに越したことはないし、録画補償金制度にはどうも釈然としないしで、どうしてもメーカーの方を応援したくなります。

が、しかし、ここでは別の視点で考えてみたいと思います。

確かに、権利者団体は、あれもこれもと録画補償金の対象を増やそうとする一方で、がんじがらめのコピーガードを求め、非常に強欲に振る舞っているように見えます。しかも、文化庁等から天下った「理事」とやらがロクに仕事もせず甘い汁を吸っているらしい……。本当に奴ら、ロクなもんじゃねぇ!
と、このように悪者にされがちな権利者側ですが、実は、私は彼らに大いに同情しています。権利者達は、メーカーの猛烈な攻撃を受けているのです。これは戦争みたいなものです。

順を追って説明しましょう。

コンテンツと録画器機とは経済学でいうところの補完財に当たります。補完というと補い合って一人前、仲間、というイメージですが、実際は正反対で両者は敵同士なのです。どういうことかというと、一方の製造者は他方の価格を下落させることによって自らの製品の需要を増すことができるのです。
例えば、自動車とガソリンとは典型的な補完財ですが、ガソリンが安くなればなるほど自動車が売れるのは容易に想像できます。逆に、自動車が安くなればガソリンが売れます。
同様にコンテンツが安価になればなるほど録画器機は売れて、メーカーは儲かるのです。極端な話、コンテンツが全て無料の世界、自由にコピーできる世界こそがメーカーにとって最高の理想です。

何を当たり前のことを、と思われるかも知れません。しかし、考えてもみて下さい。自分の不利益がそのまま相手の利益となるような「敵」がいて、彼らが物凄い勢いで攻撃してくるのを。しかも、彼らは豊富な物量を擁しており、中立だと思っていた第三国(消費者)もどうやら敵方に付いたようです。
ツラいですよね。怖いですよね。権利者たちはまさにそのような恐怖に晒されているのです。(ここでは”権利者”と”権利者団体”を故意に同一視していますが、これは議論を簡単にするためで、もちろん、現実には両者の利益は完全に同一ではありません)
この著作権団体と録画器機メーカーの戦い、今のところメーカー側が巧く攻めているように見えます。権利者側はあまりにも戦い方が下手です。
「録画補償金」はどう考えても筋の通らない制度であって、たかだか総額数十億という規模に過ぎないにもかかわらず、著作権団体=守銭奴というイメージを作り出すのに一役かってしまっています。これに固執するのは実に愚かなことです。

やはり面倒でもコピーするたびにお金を払うようにすべきです。そのかわり、100枚でも200枚でも(枚数に応じた)金額さえ支払えばコピーできるようにする。技術的保護手段が十分強力で、金額が適正ならば、海賊版を防ぎ権利者に十分な利益をもたらす筈です。そもそも、我々消費者が孫コピーなどするのは極めて稀なことで、問題は、必要とあればいつでもそれができるという安心感が欲しいだけなのです。複製が必要ならお金を払う、ということが当たり前になれば、お金を払わずに複製することに対する罪悪感が自然と形成されます。友達にちょっとコピーさせて、などと頼みづらくもなります。

まぁ、言うは易しで実際に上記のようなことを実現するのは非常に困難ではありましょうが、幸い、最近はあらゆることがオンライン化しつつありますので、コピーの再生にはオンラインで買ったキーが必要、という形にすれば不可能ではないのではないでしょうか。

いずれにしろ、筋の通らない録画補償金を払わせられつづけるのだけは御免です。そのようなことになれば、全ての消費者がデジタルコンテンツにそっぽを向くようになり、遠からず文化の衰退を招くでしょう。

ミズノはオフィシャルサプライヤーを辞退せよ

北京オリンピックが近づいていますが、speedo社の「レーザーレーサー」なる水着が話題を呼んでいます。なんでも、試しにその水着を着用してタイムを計ったところ、かなりの好感触で、自己新を記録した選手が複数いたとか。
しかし、日本ではミズノ、アシックス、デサントの三社が北京オリンピックのオフィシャルサプライヤーとなっていて、レーザーレーサーを使うことができないそうです。そこで、水連では、三社に水着の改良を要請するとともに、違約金を払ってでもレーザーレーサーを使うことも検討しているとのこと。

三社の中でも肝煎り的地位にあるミズノ社としては、違約金など払われては末代までの恥と、意地になるのも無理はありません。実際、ミズノの現行バージョンの水着は非常に高性能だと言われており、開発者たちは、今までの日本競泳陣の好成績は我々の水着によって支えられてきた、という自負心を持っていることでしょう。

だがしかし、です。speedo社の水着に性能面でハッキリ差をつけられた今回に限っては、ミズノは下手に政治力を発揮して無理に自社の水着を使わせようとしない方が、長い目で見ると絶対に得だと思います。
このままでは、北京で日本選手が惜しくも敗れた場合、「妙なしがらみで性能の劣る水着を使わされて、負けた」、と世間から言われることは目に見えています。
それよりも、「どうぞ、speedo社の水着をお使い下さい」と、度量を見せた方が、ミズノ社の好感度は絶対にアップする筈です。(見出しにはオフィシャルサプライヤーを辞退せよと、ちょっと過激なことを書きましたが、実際には辞退までする必要はなく、他社の水着の使用を認めれば済むことですね)

たしかに、ミズノにとっては癪なことでしょうが、ここは臥薪嘗胆、この屈辱をバネに、腰を据えてspeedo社のものよりも優れた水着を開発し、次のオリンピックでこそ名実共に世界最高の水着として日本のみならず世界各国の選手に使ってもらえるようにした方が遙かに会社にとってプラスになります。

と、断言してしまうのは「プロジェクトX」の見過ぎとしても(笑)、変な根回しでspeedo社の水着を排除しようとすればするほど、ミズノのブランドに傷がつくのは間違いありません。

ミズノ社にはぜひ賢明な判断をして欲しいものです。