苅田町にある「帝踏石(たいとうせき)」を見に行ってきました。この町は先日の「石塚山古墳」を始め、遺跡の宝庫です。
「日本書紀」に、景行天皇が土蜘蛛を征伐したとき石を集めて吉凶を占ったとの記述があり、この石がそれであるとされています。
それぞれの石はかなり大きく優に数トン、中には数十トンあると思われるものもあります。
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気に入ったのは、「ここで遊んでいて怪我をしても、当神社は一切責任を持ちません」と立て札がしてあるところです。
「遊んではいけません」とは書いていないのです。
何しろ景行天皇(在位71年~130年)の時代からここにある石なのです。まあ、日本書紀の記述は神話的なものでしょうから実際はもっと新しいとしても、1000年以上もの昔から、ずっとこの近所の子供はこの石に登って遊んでいたに違いありません。
恐らくは現在この石を管理している神社の神主さんもその一人でしょう。然るに、今はこういう時代ですから、子供が怪我などすると神社に損害賠償を請求する親もいるかもしれません。だからといって「遊ぶな」というのは忍びない、それで上記のような表現になっているのではないかと思います。
深読みしすぎでしょうか。
追記:苅田町ではなく、朽網でした。