中国のメダル獲得数が示すもの

北京オリンピックが開催中です。現時点(2008年8月23日)で日本のメダル獲得数は、金9、銀6、銅10の計25だそうです。立派なものです。
開催国中国はなんと、金49、銀18、銅28の計95(現時点)。予想通りの大量獲得ですね。

スポーツについて考えるとき、よく思い出すのが知り合いの韓国人に聞いた話です。終戦後、朝鮮半島にも連合軍が進駐しました。将校たちがテニスをしているのを見て、朝鮮の人達は口々に言ったそうです。

「何をしているのか知らないけど、あんなに汗を流してお気の毒に」

テニスという競技を知らなかったというより、スポーツという概念自体が殆ど無かったのだそうです。私にこの話をしてくれた人は、朝鮮の後進性を示す逸話として半ば自嘲的に言ったのだと思いますが、この話は実は別の面白い視点を提供するのです。

つまり、スポーツとは必ずしも人類普遍の概念ではない、ということです。
例えば、「知のヴァーリトゥード」の庄内さんも言っておられますが、11億もの人口を擁するインドではスポーツは全然盛んではなく、今オリンピックでの金メダルは現時点でたったの1個です。(インド、人口11億人で金メダル1個

思うに、権威ある団体によって結果を測定・記録し、たえずその更新を図るという近代スポーツの精神は優れて西洋的なものであって、オリンピックに参加することは取りも直さず西洋中心の秩序に組み込まれることなのです。

世界システムと華夷システム

世界システム論とは、アメリカの歴史学者イマニュエル・ウォーラステインが提唱した理論で、簡単に言うと歴史上見られる周縁国(植民地・属国)の経済的余剰を中央国(宗主国・覇権国家)に移送する仕組みです。もっと簡単に言うと、トランプの「大富豪」における大富豪と奴隷の関係みたいなものです。中央国になれるとお得なのです。

一方、華夷システムは字面を見てお分かりの通り東アジアにかつて存在した中国を中心とする冊封体制のことです。世界システム論によれば華夷システムも世界システムの一つなのですが、ここでは便宜上、世界システムと言えば、産業革命以降のイギリス・第二次世界大戦後のアメリカが覇権を握ってきたところの近代世界システムを指すことにしましょう。

日本は昔から、あるときは華夷システムの周縁国となり、またあるときは華夷システムから距離を置いてきたわけですが、明治以降、華夷システムから完全に離脱しました。要するに崩壊寸前の華夷システムに見切りをつけて、イギリスを中心とする世界システムに組み込まれることを敢えて望んだわけです。

中国は世界システムの中心を目指すのか

さて、何が言いたいかと言いますと、オリンピックとはつまりそのような世界システムの価値観を支える装置の一つではないか、ということです。通俗的な言い方をすると「国威発揚の場」というやつです。
「参加することに意義がある」とはクーベルタン男爵の言葉ですが、オリンピックに参加したいと考えることは、世界システムに参加したいと考えることにとても近いのです。仮に、世界システムに無関心ならば、オリンピックにも無関心なはずです。おそらく、西太后もオリンピックというものをやっていることは知っていたと思いますが、西戎の奇習として顧みなかったのではないでしょうか。

世界システムの中核を巡る文化体同士のせめぎ合いは、時に極めて熾烈です。かつて日本を含めた列強は覇権を求めて凄まじい争いを演じ、弱国に対して非情に接しました。世界システムに参加し遅れた国、そもそも参加したくなかった国は、植民地として過酷な収奪の対象となりました。
その中で、植民地が欧米列強に対抗するための武器としたのは皮肉にも西洋の思想であり制度であり文物でした。
今日の中華人民共和国が、本質的に西洋思想である共産主義を掲げているのも、そういった文脈によって理解されるべき事柄です。共産主義で理論武装し、しかし改革開放によって資本主義の利点も取り入れつつ、オリンピックを開催してメダルを取りまくる。これらは全て、かつて世界システムに参加するのを拒んで損をしてきた中国が、いよいよ世界システムの中央を目指す意思を明確にしたものと言えます。

中国は東洋思想を復興せよ

中国が国際社会に於ける地位向上を図るのは自然なことです。しかし、かつての日本が巻き込まれた、世界システムの覇権を巡る争いの野蛮な側面を思うとき、今後の中国の動向に強い危惧を抱きます。全体主義という前世紀の亡霊が、13億の民を擁する空前の巨大国家に取り憑いているのですから。

老子や荘子の深遠なる哲理は欧米列強及び日本からの侵略に対して無力でした。儒教も役に立ちませんでした。だから、中国人は共産主義によって対抗しようとしたのです。しかし今や、戦いのための理論は捨て去り、東洋思想を甦らせる時期です。

中国人が孔孟の教えを今ひとたび思い出し、中国が覇道によらず王道によって真に偉大な国となるよう願って已みません。

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