言うを「ゆう」と書いて何が悪い

2ちゃんねるで、「あぁこの人頭悪いなと思ってしまった瞬間」というスレが立っていたそうで、いろんな「瞬間」が挙げられています。
が、どうも共感できるものが少ないように思えます。単に価値観の相違だろうと言いたくなるようなことや、知識の欠如を以て頭が悪いと決めつけるようなレスが多い。

で、その知識の欠如の具合ですが、例えば

  • キャベツとレタスの違いを知らない
  • 毒舌→どくじた、渦中→うずちゅうなど、読み間違いが多い
  • 「こんにちわ」と書く
  • 言うを「ゆう」と書く

などがありました。
確かにひどいものですが、「こんにちわ」や「ゆう」に関しては、必ずしも間違いとは言えませんよね。
これらは通常「こんにちは」「いう」と表記しますが、皆さん「こんにちわ」「ゆう」と発音している筈です。手元の『NHK 日本語発音辞典』でも「コンニチワ」「ユウ」となっています。つまり、表記と発音とが乖離しているわけです。
確かに、言うを「ゆう」と書く人がみんな一旦乖離した表記と発音とを再び一致させようと敢えてそうしているとは考えられず、ただ現在の表記のルールに無頓着なだけでしょうが、いずれにしろそんなに目くじらを立てるようなことではないと思います。
どうしても「ゆう」が許せないという人は「嘘と坊主の頭は結うたことがない」という駄洒落をどう解するのでしょうか。ちょっと辛辣に言うならば、言うを「ゆう」と書くのは頭が悪いなどと言う人こそ頭が悪いのです。少なくとも頭が固いです。

このように、ものを知らない、読み書きが苦手、といったことは頭の悪い証拠にはなりません。知識は少なくても頭の良い人はたくさん居ます。

私があぁこの人頭悪いなと思ってしまうのは、なんと言っても論理的に間違った言説をごり押しするのを見たときですね。
よく見かけるのが、

PならばQである
χはPではない
従って、χはQではない

とか言う人。PとかQとかよー分からん、という方は

ポルシェは速い
この車はポルシェではない
従って、この車は速くない

だと分かりやすいでしょうか。とにかくこの論法が間違ってることはご理解いただけると思います。
厄介なのはこの論法を使う人はなかなか自分の間違いに気づいてくれないことです。

A氏:「はぁ? 君、ポルシェの速さを知らないの?」
B氏:「いいえ」
A氏:「この車、ポルシェじゃないよね?」
B氏:「そうですね」
A氏:「だから、この車は速くない」
B氏:「それは違います」
A氏:「やれやれ、ポルシェが速いってことも分からん馬鹿とは話にならんわ」

A氏みたいな人に遭遇すると本当に疲れます。

どうも、知性=知識の量、という素朴な考え方が支配的すぎる気がします。かと言って、論理的思考力だけが知性というわけでもありません。上のA氏は理屈には弱くても、実はアイデアマンかも知れません。
思うに、知性とは精神のあらゆる活動領域にわたる能力であって、その評価は極めて幅広く行う必要があるのです。
絵の上手さも知性。歌が上手なのも知性。スポーツなどで体中の筋肉を適切なタイミングで適切に動かせるというのはもちろん知性。ギャグで人を笑わせるなどというのはもう相当高度な知性と言えます。
どういう時にこの人頭悪いなぁと思ってしまうかは、ですから、数ある知性の評価基準の中で自分がどれを重視しているか、と言い換えることが出来ます。
私の場合は論理を重視しますし、芸術的才能を重視する人も居るでしょう。何を以て知性とするかはこのように極めて相対的です。知識だけじゃないんです。

今日は随分、今流行の「上から目線」で偉そうなことを書いてしまいました(汗) まぁ知性の本質をどう理解するにせよ、同じ過ちを繰り返す、学習しない、というのは誰が見てもバカっぽいですよね。
とりあえず、キーボードにお茶をこぼして壊したことが2度もある私の頭がかなり悪いことは間違いないようです(泣)

「言うを「ゆう」と書いて何が悪い」への7件のフィードバック

  1. 「嘘と坊主の頭はいったことがない」ですよ。
    >キーボードにお茶をこぼして壊したことが2度もある私の頭がかなり悪いことは間違いないようです
    うっかりなだけで頭悪いのとは違うような。

  2. Keroさん
    うーむ、広辞苑第六版では「嘘と坊主の頭はゆったことがない」ですが、確かに三省堂のは「いったことがない」になってますね。どっちでもいいのだと思います。
    > うっかりなだけで頭悪いのとは違うような。
    一度目は単なるうっかりでも、二度目となると「頭悪い」と言えましょう。

  3. 気でも狂っているのですか?あなた。
    言うを「ゆう」と書くのは明らかに誤りです。
    >>『NHK 日本語発音辞典』でも「コンニチワ」「ユ  ウ」となっています。
    そりゃそうでしょう。発音辞典ですから。
    >>「嘘と坊主の頭は結うたことがない」という駄洒  落を~
    は?それがどうかしましたか?
    「言う」も「結う」も、どちらも「ユウ」と発音するから、それをかけているだけでしょ。「駄洒落」だとあなた自身も言っているじゃないですか。
    -ちょっと辛辣に言うならば-
    『言うを「ゆう」と書くのは頭が悪いなどと言う人こそ頭が悪いのです』
    などと言う人こそ頭が悪いのです。
    あなたは、キーボードにお茶をこぼしてもこぼさなくても、頭は悪いです。

  4. 「言う」を「ゆう」と発音するだけであってそう書くのは間違い。その間違いを「何が悪い」などと言って開き直っている時点で頭が悪いというか馬鹿としか言いようがないです。
    あなたは間違いを正当化する不思議な方ですね…

  5. 最初はどっちでもいいというか「あっ…」と思う程度でしかなかったのですが、最近「そうゆう」を使用する方々と連続で付き合いましてね。
    最初は普通でしたが、付き合っているうちに「えっ、なんでそういうことするの?」と思うような行動が目立っていくような方々でした。
    本人達には悪気もなく、わざとそう行動しているわけではないのですが、明らかに不愉快なのです。
    そしてそれは本人達にいっても直りません。開き直る人さえいます。

    言葉遣い以前に、「ゆう」を使う人は性格的に難があるんだなと感じた次第です。
    今はどうか存じませんが、あなたにも心当たりはありませんか?

    1. コメントありがとうございます。

      「ゆう」を使う人は、正しいとされる言葉遣いや綴り方に注意を払わずに生きてきた人なんでしょう。そういう意味ではおっしゃる通り性格の問題です。ただ、別に難があるとは思いませんけどね。

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