東芝機械ココム違反事件

東芝機械ココム違反事件をご記憶でしょうか。1987年ごろ、かなり騒がれた事件です。東芝機械がソ連に工作機械を輸出したことが、ココム、対共産圏輸出規制に違反しているとされたのです。

この工作機械を用いると、潜水艦のプロペラ(スクリュー)を大変高い精度で作ることが出来、それによってソ連の潜水艦の静粛度が増し、安全保障上深刻な脅威になったというのです。
攻撃型原子力潜水艦は何十もの核ミサイルを搭載したまま数ヶ月以上も潜水航行できる恐るべき兵器です。
米海軍は当時、ソ連の建造済み原潜すべてを追尾し、位置を把握していたのですが、上に述べた静粛なプロペラによって失探を余儀なくされたというのですから、その苛立ちは推して知るべし、といったところでした。

このような事情から、米世論は反日に傾き、ついには議会前で日本製品が打ち壊されるというデモンストレーションにまで至りました。そして、当時のマスコミはこの打ち壊しばかりをセンセーショナルに伝え、そのために事件の本質がうやむやになってしまった感があります。

確かに、当時巨額の対日貿易赤字を抱えていたアメリカのジャパンバッシングという側面は無視しがたいものがありました。
当該工作機械は、実は潜水艦の静粛性の向上とは殆ど無関係だったということが後に指摘されてもいます。
当時マスコミが描こうとした「東芝機械ココム違反事件=日本が濡れ衣で叩かれた事件」という図式は、あながち間違いではありません。

しかし、この事件には、もう一つの側面があります。

東芝機械は、輸出品を最新型の工作機械ではなく従来型の旋盤として申請していました。つまり虚偽申請です。

これは、「ルールが存在するが故に、ルールを破る者が得をする」という、厄介な現象の一例なのです。

なぜ虚偽申請をしたのかと言えば、ココム違反となることを認識していたからに他なりません。
ソ連の人々の暮らしが豊かになることを願ってのことでもなければ、共産主義と資本主義の対立に一石を投じたかったわけでもないのです。
ただただ、他社はビビって出来なかった違法輸出を敢えてやると儲かるから、です。ソ連はなんとしても工作機械が欲しいので、危ない橋を渡って輸出してくれる会社があれば、金に糸目は付けないはずです。これぞ、「ルールを破る者が得をする」法則です。
「規制」というものは、その本来の目的に対してどれほど有効であるかに関わらず、こういった副作用が常に伴うものなのです。

何事もズルはよくありません。

ズルした奴ほど得をする、では、なにがなにやら分からなくなってしまいます。ズルを防ぐには、相応のペナルティが必要なのです。そうしないと、ズルい奴ばかりが得して、正直者がバカを見る世の中になってしまいます。

って、ズルズルうるさいですね(笑)

何が言いたいのかというと、「制度を設計するときはその副作用をも慎重に検討しなければならない」ということです。
ココム規制は、極めて副作用(規制破りへの誘因)が大きく、従って、問題のある制度だった、と言うことができます。