ヘイトスピーチ(2)レッテルとしてのヘイトスピーチ

産経新聞の系列の iRONNA に、意外にも在日コリアンのライター(安宿緑氏)が書いた記事が載っています。「在日外国人はエセ反差別提唱者とは距離を置くべきである」と題し、いわゆる「しばき隊」が単に暴力的であるだけでなく、彼らこそレイシストであると喝破した記事です。

そして朝鮮学校および在日コリアン社会でも当然ながら、イジメや差別主義者は存在します。
そんな中「いやいや、あんたも日本人差別してるだろ」と思う場面もありましたし、

このような文章から、このライターができるだけ理性的であろうとする人だということが分かります。

しかし、この人をしても、

試しに在特会側の主張を静聴しますと、一理ある部分もありますが大筋はトンデモ感溢れるもので、ここに差別感情が加味されて手に負えないのがわかります。

と、なってしまうのです。在特会の主張はトンデモの一語で片付けられており、どこがどうトンデモナイのかは述べられていません。

ことほどさように、人は自分と異なる意見に耳を傾けようとしないものなのです。

安宿緑氏はまた、

さらに「カウンターデモ」の指導者からは直接、ネット上で「サブカルライター」「箱庭で生きているのか」などという聞き捨てならない発言を受けたのです。

と書いています。恐らくは理性的な態度が「カウンターデモ」の指導者の目には日和見主義に映り、非難されたのでしょう。

この場合「サブカル」が一つのレッテルですが、「レイシスト」「ヘイトスピーチ」はさらに強烈なレッテルです。異なる立場の人々に「漢奸」、「非国民」、「ファシスト」などと汚名を着せ、社会的に抹殺しようとする連中はいつの世にもいます。

在特会の主張に多くの誤謬が含まれているならそれを一つ一つ指摘するべきだし、聞くに堪えない差別的言辞があるならば、それは差別だと言うべきです。

確かに鬱陶しいでしょう。面倒くさいでしょう。しかし、だからと言って、「ヘイトスピーチ」などというレッテルをこしらえて、とにかく黙らせろというのは横着のしすぎというものです。

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