名児山

大汝少名彦名(おほなむちすくなひこな)の神こそは 名つけ始(そ)めけめ 名のみを名児(なご)山と負ひて わが恋の千重(ちへ)の一重(ひとへ)も 慰めなくに

万葉集に収められた大伴坂上郎女(おおとものさかのうえのいらつめ)の歌です。この歌に詠まれた名児山が福岡県津屋崎町(現在は合併して福津市)にあると、ものの本で知ってから一度訪れてみたいと思っていました。

今日、ようやく行く機会を得たのですが、いざ行ってみるとどれが名児山なのかよく分かりません。

奴山公民館

上の奴山(ぬやま)公民館の近くと聞いたのですが、それらしい山は幾つかあり、特定できません。現在の地名とは異なるので、Google Map も頼りになりません。

名児山

というわけで、たぶんこの山だと思うのですが、違ったらごめんなさい(笑)

ただ、「あんずの里」という農林漁業体験実習館があり、その敷地内に万葉歌碑があるとのことで、山の特定は諦めてそちらに向かいました。

万葉歌碑

ありました。野菜などの直販所からちょっと石段を登ったところです。比較的新しいものに見えたので、最近になって市の教育委員会が整備したのでしょう。

歌を通釈してみます。

大国主の神と少名彦名の神が名付けたのだろうが、名児山(和む山)とは名ばかりで、わたしの恋に悩む心は千分の一も慰められない。

といった意味になろうかと思います。「名児山というくらいだから心和む山であるべき」という発想も面白いですが、一番驚かされるのは「千重の一重も」という表現です。千分の一という極めて小さな数を観念している点、科学史的にも興味深く、感情表現に数値を用いているのは今以て斬新です。

大伴坂上郎女は大伴旅人の異母妹で、家持の叔母にあたる人です。額田王と並んで、才色兼備の万葉歌人として知られています。この歌も、才女として歴史に名を刻んだ彼女の面目躍如たる出来映えと言えましょう。

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