牢屋の面積

松本清張に「いびき」という短編があって、徳川時代の囚人の様子が書かれています。

牢内では「名主」以下、一番役、二番役、角の隠居、詰の隠居、穴の隠居、三番役、四番役、五番役、頭かぞえ役などの「牢役人」が広い場所に陣取って、ヒラの囚人、平囚は残りの場所にひしめくのだそうです。

そして、牢の広さは間口四間、奥行三間、人数は七十人くらいだったそうですが、この四間×三間とはどのくらいの広さかが、今回の「頭の体操」です。

一間は、およそ 1.818 メートルです。従って、

4 * 3 * 1.818 ^ 2 = 39.661 (m2

およそ、40 平米ですね。

では、畳にすると何畳でしょう。

畳の大きさには京間、中京間、江戸間がありますが、「いびき」の舞台は江戸(後半は三宅島)なので、江戸間で計算しましょう。

メートルに直さず尺のままの方が簡単です。江戸間では一間は六尺とされています。畳は基本的に長辺が六尺、短辺が三尺ですから、畳一畳は、

6 * 3 = 18 (平方尺)

間口四間、奥行三間の牢内は、

3 * 4 * 6 ^ 2 = 432 (平方尺)

です。従って、

432 / 18 = 24 (畳)

ですね。ただ、実際には京間が「畳割り」といって一畳の面積が不変であるのに比べ、江戸間は「柱割り」といって、柱の分、一畳の寸法は小さくなります。上記の計算はあくまでおおよそです。

それにしても、わずか 二十四 畳の場所に70人、一畳あたり3人とは超過密ですね。それも上述のように牢役人に広い場所を取られた上での話ですから、平囚にとって牢の狭苦しさはさぞや耐え難かったことでしょう。

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